②からの続きです。
「そうか…君たちは聞いていないんだね。」
静かに三木は言うと、目を伏せたまましばらく黙り込んだ。顔を上げると
「すまない、僕は君たちが娘のことをどう聞いていたのか知らないんだ。学校からはどう説明があったのか先に教えてくれるかい?」
と尋ねた。
「僕たちが知っているのは、優香さんが突然高校に来なくなった事だけです。学校からは彼女は休んでいる、としか言われませんでした。噂では登校拒否だとか、自殺したとか色々言われてましたが、僕らが卒業するまで、何も分からないまま…」
「娘は生きている、自殺なんかじゃない。」
彼を真っ直ぐに見つめると、絞り出すように答えた。
「君は心配してくれていたんだね、ずっと伝えられずに悪かった。でも、娘は生きてる。」
と少し表情を緩めた。
「今はどこに?会えますか?」
三木はしばらく考えると、
「今は海外にいるよ。残念だけど今すぐには会えない…いつか、君が会えるようにするよ。
…娘の話はこれくらいでいいかな?」
答える様子から元気だから安心して、といえる状況でないのは分かった。今これ以上聞いてもあまり答えてはもらえないだろう。とにかく生きていてくれた、それだけでも良かった。
「はい、ありがとうございます。
もしよかったら、三木さんに他にも聞きたいことがあるんです。」
三木はホッとしたように続きを促した。
「去年、G社の買収を発表されましたよね?あの会社はSNSの先駆けでしたが、御社のオンラインサービスの中で独自のSNSを立ち上げなかったのは何故ですか?」
三木が創設者であるミックテクノロジー社は通信、携帯電話、ポータルサイト、ECなどネットワーク事業中心の企業だ。エンドユーザーも多くいるのでSNSを自社で持つことも可能だったのではないかと彼は感じていたのだ。そして、他の理由があったのではないかと気になっていた。
「この会社も多角化経営でここまで大きくしたけれど、どうしても新しい事業は育てるのに時間もコストもかかる。ノウハウの蓄積がある事業を買収する選択肢を持つ余裕ができたということかな。」
そう答えると軽く笑った。
「会長になって、かなり余裕ができたよ。息子はまだ若いから、信頼のおける部下に会社を任せて、その下で勉強させているし。追い出されない程度に好きにやらせてもらおうと思ってね…さて、次の質問は?」
少し迷って、彼は尋ねた。
「三木さんはなぜ『シュガー』が僕だと知っていたんですか?そもそも、どこで『シュガー』を知ったんでしょう?もしかして、G社の買収は…」
三木はしばらく彼を見つめると、苦笑いしながら答えた。
「やっぱり君は優秀だね。
君の予想通りだ。君が使っていたG社のSNSの情報が必要だった。それで君が『シュガー』だと分かった。君は、娘を救おうとしてくれていたんだよね。だから僕は君に協力してほしいと思っている。」
「でも僕は…」
「まだ終わってない。だから君に声をかけたんだよ。」
もう10年も経つのに?と返そうとしてやめた。望みがあるからここに呼ばれているんだろう。それなら、一緒にその望みにかけたい。
今度こそ、救いたいから。
「仕事の詳細と、条件について聞かせていただけますか?」
心は決まった。
つづく