前回の続きです。
三木との話を終えた後、李のいるスタジオに向かった。スタジオの奥にいた彼に声をかけて、優香と会える時間を来週に確保してもらった。
李も優香の状態が良くなっていることは聞いているらしい。
「ユウカはとても努力します、そしてみんなに優しい。プロジェクトのメンバーはみんなユウカが好き。」
笑顔で李は言った後に少し複雑な表情になった。
「彼女がよくなって、リアルの世界で話せるなら話したいし、嬉しい。でも、このプロジェクトは三木さんがユウカのためにたくさんお金を出してます。もし彼女が元気になったら研究ができなくなるかもしれない、それが僕たちは心配。」
彼は言葉が出なかった。李の言う通りだろう。それが役に立つ技術だとしても、価値を認めて投資してくれる人がいなければ先には進まない。そうして摘まれてきた技術の芽をたくさん見てきた。
「三木さんは、きっと何とかしてくれるよ」
と彼が絞り出した言葉に李は笑顔を作って
「僕たちがユウカがリアルで話せるようになる前に結果出せば大丈夫。」
と言った。
次の週末。
彼は母校の近くにあるケーキ屋を訪れていた。近くを通りがかることはあっても店に入ったのは10年ぶりだ。改装して少し小綺麗になったがほとんど昔のままだった。
「で、何だってここなんだよ、いきなり週末に呼び出しといて。説明しろよ佐藤。」
潮田健人は席に座ると彼に文句を言った。相変わらずの長身、整った顔立ちに注文を受けに来た店員もソワソワしている。
優香の好きだったケーキとコーヒー二つを注文すると彼は鞄からモバイルを取り出した。画面を開いて健人に見せる。
「これ、覚えてるか?」
「うーわ、懐かしい!高校の時にやったお前の自作ゲームだろ?良く残ってたな。」
「残ってねーよ、記憶を頼りに作り直した」
「なんで?」
彼は潮田の顔をしばらく見た後、水を一口飲むと
「落ち着いて聞けよ…三木、生きてる。」
「本当か!?」
思わず立ち上がった健人に座るように促すと
「本当だ。でも元気とは言えない。彼女に高校の近くがどうなってるか聞かれたから、動画撮影して見せてやろうと思って。大丈夫、店には許可もらってるから」
彼は鞄からビデオカメラを取り出した。
「彼女に会ったのか?」
「バーチャルでね。今はアメリカで入院中」
「俺も会わせてくれよ」
「親父さんに断られた。だからビデオに撮ってやる。でも余計なこと言うなよ。彼女にストレスかけるなって釘刺されてるから。もし彼女が会いたいって言えば会わせられるかもな。」
「分かったよ。どうすればいい?」
「昔みたいにそのゲームやってはしゃげ。」
「いや俺もうアラサーなんだけど。」
「三木の時間は高校で止まってんだよ。」
健人の顔色が変わった。何となく彼女の状況を察したらしい。
「…分かったよ」
モバイルの画面に表示されたゲームで遊び始める。シンプルなレトロゲームにヒートアップして、結局健人は素ではしゃいでいた。
「久しぶりにやったけど、意外と点数取れるもんだな〜。」
笑顔でカメラ越しの彼に話しかける。
「楽しんでもらえて良かったよ。」
彼は少し呆れたように応えた。
せっかくなので、優香のお気に入りのケーキを健人が食べるところもカメラに収め店を出た。
「高校まで歩いて、撮影しながら駅に行くぞ」
彼は店を出ると母校に向かって歩き出した。
「いやぁ〜、久しぶりに来たけど、だいぶ変わったよな」
懐かしそうに周りを見渡す健人に
「駅まで向かう時にゆっくり見られるから後に取っとけ。」
と彼は早足で歩いていく。
「何だよ、少しくらい感傷に浸らせてくれてもいいだろ?」
健人はすぐに追いつくとため息をついた。
「なぁ、三木は俺のこと何か言ってたか?」
「いや、何も。」
「そうか。」
2人はその後無言で高校まで歩いた。
正門まで来て2人は立ち止まった。休日なので門は閉じているが部活で来ているであろう生徒が中を歩いていた。卒業後に増築されたのか、通っていた頃と景色が変わっていた。彼は不審がられないよう素早く校舎の様子を撮影すると、駅に向かってカメラを左右に向けながらゆっくり歩き出した。
学校から一番近いコンビニ、昔からあったマニアックな飲み物を売ってる自動販売機、ブランコだけの公園。彼女の記憶に残っているはずの場所を探しながらカメラを向けた。ケーキ屋の周りも新しいマンションができていて、景色はほとんど変わってしまっていた。それでも彼は、健人と昔そこにあったものを思い出しながら、2人で優香に語りかけるようにビデオを撮りながら駅まで歩いた。
駅もすっかり変わっている。改札までたどり着くと、彼は撮影を止めてカメラを鞄にしまった。
「これで終わりだ。帰るか。」
「飯でも食ってこうぜ、久しぶりだし」
「帰ったら動画編集すんだよ。」
「ハイ、スミマセン。じゃあ実家に顔出して帰るわ。」
「それがいいな、じゃあな。」
「お前相変わらずの塩対応だな。奥さん大事にしろよ。」
「お前こそそろそろ1人に絞れよ。」
彼が悪態をつくと健人は真顔になって言った。
「分かってるだろ?俺はずっと三木だけなんだよ。」
健人と別れた後で分かってるよ、と彼は呟いた。